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JORA BLOG

佳代と冨ちゃんの灼熱の夏!ダブルハンド200マイル無寄港・激トレレポート

こんにちは。JORA会員としてトレーニングに励んでいる中野佳代子さんと、森村副代表が率いるバルトロメチームのリーダー冨田昭博さんが、8月某日200マイルトライアルを成功させました。お二人のレポートと動画をお楽しみください。

【動画】佳代と冨ちゃんの灼熱の夏!ダブルハンド200マイル無寄港・激トレレポート

中野氏と冨田氏

中野氏と冨田氏

【中野佳代子レポート】

夏の終わりのある日、2オーバーナイトでトレーニングを受けるチャンスが舞い込んだ。ダブルハンドで200マイル無寄港の激トレに、前日は興奮してほぼ眠れないまま突入。

今回の相棒、冨ちゃんこと冨田さんとは初対面。憧れのメルボルン大阪ダブルハンドレースに出場したJORA森村副代表の愛艇バルトロメ号(DHL38)にて迎えに来てくれるという贅沢シチュエーション、乗船してからのはじめまして。でも、気さくな関西ノリにひとまず安心。一通り艤装を確認したのち、さっそくタック練習。いよいよ始まったとワクワクがとまらない。元々ディンギーセーラーの私には不慣れなラットを握りしめ、まずはバルトロメ号と仲良くなることに専念。関西のセーラーとして、いつかチャレンジすると心に決めているメルボルンまで往復したヨットだと思うだけで心が震えていた。

美しい夕景に包まれながら、今度は角度を見ながらスピードをつけて走らせるトレーニング。友ヶ島水道を目指し、風も15ノットぐらい上がってきた。体感的にだんだんイメージができてくる。この段階では師匠はとにかく褒めて、気分をノリノリにしてくれた。計器で潮の影響も確認しながら、和歌山沖を目指した。

美しい夕景に包まれながら

美しい夕景に包まれながら

気がつけば20時をまわり、ワッチ体制を決めなきゃとじゃんけん。冨ちゃんとは「最初はグー」のタイミングも息が合うほどになっていた。1回目のワッチは2時間、2回目は3時間と決定。私は後半ワッチだったので、2回目のワッチオフから戻ると朝7時。すでに暑い。ショートミーティングののち、いきなりのジャイブ練習がはじまった。寝起きであろうが関係ないのが激トレである。師匠の「155度を意識して!」との言葉が「551」に聞こえる。暑いし、おなかが空いたけれど「豚まんが食べたい」とは言えないシチュエーションなのは理解している。激トレなのだから。針路は和歌山沖から大阪湾へ。風も落ち、ただの灼熱に・・頭からシャワーの水をかけたがいいお湯だった。

TWA155度が551に聞こえる。「豚まんが食べたい」とは言えない…

TWA155度が551に聞こえる。「豚まんが食べたい」とは言えない…

暑くても、寝不足でも、心の底からの「やりたい!」は躍動感しかうまない。せっかちな関西人気質。思い立つとすぐ体が動いてしまう私だが、長いオーシャンレースでは体力温存も大事、失敗は致命的。ちょっと考えてから動くことが大事だと教わり、心がけるようにした。どのような状況下であっても、船をぜったいに壊さないように工夫して動くこと。たった1回のタックのミスで生まれた差は、最後まで縮まらないこと。ワンデザインのオーシャンレースの厳しさをたくさん聴かせていただいた。またバウ作業でもいかに安全を確保しながら手際よくやるのか、これまでのご経験から培ったコツを教わった。ディンギーのダブルハンドとは異なり、オーシャンレースのダブルハンドは基本ソロですべてができなくてはならない。2日目からは「ソロだったらどうするか?」の感覚で指導を聴くことができた。夜はワッチオフの間に雷雲をよけながら冨ちゃんがコースを取ってくれた。20ノットまで吹き上がったのち、淡路島沖では微風~無風になり、風もよく振れたが、わずかな風をスピードに変えながら、バーチャルマークに向かって根気強く走らせた。

朝5時からリーフの練習

朝5時からリーフの練習

3日目は朝5時からリーフの練習。平常時と外洋の荒天コンディションでは同じことが同じようにはいかない。いちいちイメージしながら、なんでもゆっくりと理解する私に、急かさず解説してくださる心遣いがありがたかった。師匠は指導において、決して声を荒げることがない。常に的確なタイミングで、短いフレーズのアドバイスが穏やかに飛んでくる。大切なことが、伝わるように伝えようとされる。レベルによらず、相手を尊重し見守るスタイル。この指導スタイルは、日頃、アスリートのセカンドキャリア支援で教育・指導を行う自分自身にとって、とても共鳴しつつ学びとなった。今まではオーシャンレース界の憧れのレジェンドだった北田浩代表が、この日から本当に師匠にみえた。

目標としているヨーロッパでのオーシャンレースにチャレンジできる日まで、ゆっくりかもしれないが確実に身につけること、「ソロ」を意識して動くこと、下半身中心に体にパワーをつけること、課題しかないぐらいの課題だらけだが、夢実現へ向けて楽しくて仕方がない。

夢実現へ向けて

夢実現へ向けて

 

【冨田昭博レポート】

セーリング知識は猿まねレベルで我流の私にとって貴重な体験記が始まった。

それは突然やってきた・・・出航前の遅めのランチである。今回の指南役JORA代表の北田さんがステーキ300gを注文した!「トミちゃんも食べなよ」との言葉に、猛暑の中、2オーバーナイトを見据えての栄養補給だと気づいた。日ごろ何事にも準備8割を意識している私にとって、一つ目の学ぶべきポイントが陸からすでに始まっていた。

ゴチで〜っす😄

ゴチで〜っす😄

ダブルハンドを一緒に学び体験する中野佳代子さん(以降:佳代さん)とも合流し、北田さんより今回の目的と、基本佳代さんとダブルハンドで航海すること、そして「何でも遠慮なく聞くこと、叱りはNGほめて伸ばす」ことなどご自身の方針を話された。

私が所属するOHYC(大阪北港ヨットクラブ)ではレースともなれば叱咤激励が飛び交ういい意味での体育会系イメージと真逆であるが、妙な安心感と楽しみながら学ばせてもらおうと自分なりの方針も固まった。

1日目16時半、夏らしい南風の中、大阪湾を南下し友ヶ島水道を目指す上りのレグがスタートした。佳代さんにとっては初めてのバルトロメ号で夕方からの短時間で慣れていただくことも鑑み、夜間ワッチは遅めの21時から2・2・3・3と深夜は少しゆっくり休めるように組んだが、この日の大阪は夜になっても蒸し暑い特に船内は・・・お盆休みもオーバーナイトで出かけたが夜はこれほど暑くなかった。だが寝ることも大事な任務と自分に言い聞かせ何とか休んだ。

オーバーナイトは何度も経験しているが、ダブルハンドでは初めてで、当たり前だが夜間はシングルハンドである。

微軽風だったことと北田さんという大きな保険がいてくださることで安心してというか、むしろ一人の世界を楽しむことができた。

ただ深夜3時間のワッチ中、所々オーパイを使いながら楽をしていた私に対し、佳代さんはずっとラットを握っていたと聞き脱帽。

この海の色はいつ見てもいい色だ

この海の色はいつ見てもいい色だ

2日目朝には紀伊水道も抜け1年振りに太平洋に出た。この海の色はいつ見てもいい色だ。毎日この海の色を見ながらセーリングがしたい!なんて事を思いながら2日目一つ目のミッション「コード0」の練習がスタート。ハリヤードとタックラインのテンションのかけ方やバランスの取り方、ファーラーやファーリングラインの取り回し、ツィーカーのバルトロメ流のセッティングに対し、更にポテンシャルを高めるために一つ一つのセッティングを見直す所から始まった。北田さんがバルトロメに来て下さる回数が増えるごとに船のポテンシャルが上がっていくことを森村オーナーはじめクルーの皆が感じている。その手法を間近で体感でき、60-150度と使える領域が広がっていく北田マジックを目の当たりにした。

昼頃になるとベタ凪となり海上なのに今まで経験したことのない位の酷暑。メインセイルでなんとか影を作り水分補給と暫しの休息。「瀬戸のしお」というバルトロメクルー愛ちゃんの一押し揚げせんべいが強い日差しのせいで熱々状態に・・・とりあえず食べてみるとこれがびっくりメチャ旨し!まるで工場見学で出てくる出来立てみたい!これで塩分補給もばっちり!

まだ残り100マイル以上、熱中症にならないよう体力温存も大切なこと。

※かき氷食いて~と今回のベストツーショットを盗撮(笑)

かき氷🍧配達願います

かき氷🍧配達願います

ベストツーショット

今回のベストツーショット

風も入りはじめ復路のダウンウインドに向け、スナッファーをセットしたジェネカーの上げ下ろしの裏技を教わった。それはシングルやダブルハンド時に、より確実に且つ安全に作業できる理にかなった手順である。

そして、ジャイブ・ジャイブ・ジャイブ・・・我流を補正しつつ二人の息を合わせるように繰り返し練習しながら紀伊水道を北上。

夕方友ヶ島水道間近で風速10ノットオーバーのバルトロメの風(良い風)が入りはじめ、徐々に軽いうねりと風速も15ノットオーバーとコンディションが良くなり北田さんから艇速10ノット出そうとのミッションが下った。プチサーフィングを楽しみながら10ノットミッションをクリアーでき楽しめた。

ジャイブしながら紀伊水道を北上

ジャイブしながら紀伊水道を北上

 

しかし、楽しい時間はつかの間、日が暮れると風速は更に上がりMAX20ノットオーバー・・・船上の雰囲気は一変し、ローリングを抑えながらジェネカーをなんとか取り込んだ。

すると風は徐々に弱まり「あるあるやなぁ~」と皆で笑いながら大阪湾を北上、明石海峡大橋のライトアップがきれいに見えているのに神戸や大阪の夜景が全く見えない?真っ暗闇に嫌な閃光がピカピカ・・・まずい雷雲や!雨雲レーダーで位置と動きを予測し、さぁ次なるミッション「雷雲から逃げろ」の巻きがスタート!ラフしてタックしてベアしてと、アビームで最高速をキープしながら、とりあえず淡路島方面へ避難。雨雲レーダー画面とチャートマップ画面を睨めっこしていると洲本沖に何やら見覚えのあるマークが打っている。そうこれは6月に開催された大阪湾1周オーバーナイトレース時の1レグマークだ!北田さんにも参加いただき11艇中バルトロメは惜しくも2位だった思い出がよみがえる。よし次なるミッションは200マイル完全達成に向けてこの仮想マークを回航しようと決まった。難なく洲本沖のマークを回航、今回は勿論1位でリベンジ達成!?(1艇中)。

この後「雷雲から逃げろ」の巻きがスタート!

この後「雷雲から逃げろ」の巻きがスタート!

そして、雷雲達をかわしながら最終ミッションのゴール大阪北港を目指す。

最後のワッチオフで爆睡していると軽風にも関わらずデッキ上から、何やら色々と作業をしている音が聞こえてくる・・・オフ明けデッキに戻ると1ポンと2ポンをまだやってなかったから「佳代子をシゴイテタ」とのこと。なんて元気で直向きな人たちだと感心させられた。

いよいよ淀川河口付近まで帰ってきてオールミッションクリアーと思っていると、最後に何か再確認したいことない?と北田さんが一言・・・思わずジェネカーUP-DOWNの裏技をもう一度お願いしますと言っちゃった所、嫌な顔ひとつせず二人ともやりましょう!とどこまでもストイック。

200マイル達成!

200マイル達成!

佳代さんは終始メモを取り、時には写真や動画を撮り、また録音したりと北田さんの教えを聞き逃すことの無いよう取り組む姿勢が素晴らしいと思った。

北田さんは有言実行、何でも聞いたことに対しご自身の経験と知識を惜しみなく教えてくださり、勿論叱ることもなく、むしろ楽しませていただけたことに感謝の一言です。

森村オーナーはじめ、今回残念ながら参加できなかったクルーのキーちゃん達にも教わったことをシェアしバルトロメ号を盛り上げていくとともに、JORAの活動にも超微力ながら協力していければと思います。

ありがとうございました。感謝。

OHYC  Bartolome Crew 冨田昭博

夕日をバックに(中野佳代子撮影)

夕日をバックに(中野佳代子撮影)

追伸、猿まねレベルから早く人間なりたい~!

【最後に、今回指南役として同上した北田代表からの感想】

誠に僭越ながら200マイル激トレの感想を述べさせて頂きたいと思います。
前回の「幸希と愛の200マイル」同様、今回の「佳代と冨ちゃんの激トレ」での私の役割は、ひとつでも多く自分の経験を伝えることと、万一の際の保険になること。一番肝心なのはダブルハンド200マイルレースモードで最初から最後までマジギレで走りきり、必要な身体能力や睡眠などについて、実戦に近い感覚を体験してもらいたいことでした。
罵倒しながらは私の主義ではないので、ニコニコしながら愛の鞭を振ることにしています。

冨ちゃん
一言で言うとセンスが良いですね。教えたことを理解するのが早いですね。寒くても暑くても微風でも強風でも表情を変えず飄々と取り組む姿勢には、森村バルトロメ号の右腕として大いに期待できるものと思います。あとは場数をこなすことで、頼れるスキッパーになり得る才能有りとみえました。時間が許すのであれば是非ロングレースにもチャレンジして経験値を上げて欲しいと思います。

佳代子
まだ外洋に出たてのホヤホヤって感じですが、やる気は120%くらいでしょうか。大切なのは真摯に取り組み継続する事だと思っています。今回の激トレ後、JORA協力艇のMonday Night(Class40)に出稽古を続け自身の経験向上に取り組む積極性は大したものです。
最近身体作りも始めたとかで、さらなる発展を期待しています。

第32回初島ダブルハンドヨットレース参戦記

こんにちは。先日9月21日(祝)に行われた初島ダブルハンドヨットレースに貴帆miniで参戦されたJORA会員の伊藤望スキッパーからレポートが届きました。

浦安マリーナで一緒にトレーニングしている伊藤隆コスキッパーとのW伊藤コンビで臨んだ初めての貴帆miniでのショートハンドレースの模様です。お楽しみください。

文:JORA会員 伊藤望氏

2020/09/28

長年参加している初島ダブルハンドヨットレースに今回はJORAの協力を受けて、貴帆mini(mini6.5/POGO2)で参加した。その参戦レポートをここに記す。

伊藤望スキッパーと伊藤隆コスキッパー

伊藤望スキッパー(向かって右)と伊藤隆コスキッパー

私は、フランスでのサバイバル・メディカルトレーニング受講を期に2018年にJORAに入会したことから、昨年、浦安マリーナをホームポートとする貴帆miniでトレーニングをする機会を得て活動してきた。動機は、海外のショートハンドヨットレースに一度は出てみたいという想いからだった。

その時から今年の初島ダブルハンドヨットレース参加を考え、北田氏との練習だけでなく、前回は自艇(THETIS-4)で参加したのだが、市村晃敏さん(ミニトランサットを目指しているJORAメンバー)がmini6.5で参加していたので、レース後の逗子→沼津の回航に乗船させて貰い、操船のノウハウや船外機を用いたヨットでオフショアの回航を体験するなどして参加の機会を窺っていた。

そんな中で、一緒にプーケット キングスカップに参加して以来意気投合している伊藤隆君が、JORAのメンバーとなって貴帆miniでの練習を一緒にするようになり、参加を具体的に意識するようになってきた。

しかし、今年はコロナ禍の状況にあり、JORAでの貴帆miniの活動も一時中断を余儀なくされ、艇も長年の使用による電気系統の劣化、ウインドセンサーの破損など他にも問題があった。次々とヨットレースが中止となっていき、8月あたりから漸くヨットレースが再開をしだし、このレースの公示を確認したのは下旬になってからだった。北田氏に艇を使用したい旨を伝え、了解を得ると共に、全面的にJORAのサポートを受けてレース公示に従って準備を進めていった。

mini6.5/POGO2はフランス仕様、航海計器類を国内に代理店の無いnkeの製品を使用しているので専用のウインドセンサーは手配が間に合わなかった。そういったこともあり、オートパイロットを含む航海計器類は今回使用をあきらめていたが、回航前日に駆けつけてくれた北田氏が自らコントロールユニットの接続を試みてくれた。作動には至らなかったがその協力体制には感謝したい。結果当初から考えていたとおり、ウインデックスとマグネットコンパスを使って行くことにした。

ホームポートの浦安マリーナからレーススタート海面までは約50nmの航程なので、事前に東京湾から相模湾へと回航をすることにした。あいにくコスキッパーの隆君が乗船できなくなったが、貴帆miniでの活動メンバーの高頭さんが快く往路回航に乗船を申し出てくれ、仲間の協力をありがたいとつくづく感じた。レース2日前の9/19に小網代に向かうために浦安マリーナを0545ドックアウトした。船外機が珍しく一回で掛かり幸先が良い。港外でメインセイルを揚げると風が弱く帆走とはならなかったが、波が穏やかで潮も手伝い7時間30分で到着した。

小網代で自艇Thetis-4と並ぶ

小網代で自艇Thetis-4と並ぶ

係留風景

係留風景

9/21 レース当日、小網代湾の奥の係留場所からスタート海面の逗子沖まで10nm弱の距離、余裕をもって出たが湾口で船外機が停止してしまう。いろいろと点検して、チョークレバーやスロットルを調整しても一向に掛からず、まさかこんなことでスタートラインに立てなくなってしまうのかと不安がよぎる。プラグを外して見ることも考えたが、燃料タンクをスペアの物と差し替え、スタータハンドルと30分程格闘していると船外機が始動してくれた。0650までの出走チェックに間に合わせるべく全速力でスタートラインへと向かうことになった。

0700 全艇スタート、貴帆miniは他艇を避けアウトサイドリミットマーク側からスターボードタックでスタートラインを横切ると共にジェネカーを揚げる。風軸はほぼラムラインに沿ったダウンウインド。クオーターリーで走り、ブローのシフトで初島にヘディングできた。軽風で他艇と遜色ない走りに安堵してしまって、もっと岸寄りに上っていきスピードを稼がなかったのが往路での敗因だった。

スタート後、コスキッパーとヘルムスを交代した。

スタート後、コスキッパーとヘルムスを交代した。

軽風のフリーラン、痛恨の置いてきぼりを食らう

軽風のフリーラン、痛恨の置いてきぼりを食らう

1127 初島灯台Mag0°、アプローチからチラホラと周りにいるのは小型艇だけ。復路はmini6.5の不得意なアップウインド。諦めずに軽風の中、風下側に座りヒールを作りながらフィニッシュラインを目指した。

2100 タイムリミットにあと2.5nm届かずDNFとなった。1800の時点で残航を考えるとフィニッシュをするには既に厳しい状況だったが、コスキッパーが諦めることなく鼓舞してくれたのでタイムリミットまでレースを続けることができた。結果は残念だったが満足している。北に見える本部船の黄色の回転灯を恨めしく眺めながら城ヶ島灯台の灯光へ向けて舵を切った。さあ!あと50nm、我々のレースは浦安マリーナへ到着するまで終わっていない。夜半から東京湾は北風が上がってくる天気予報だ。

三崎港うらりに立ち寄りコンビニのカップラーメンをすすって身体を温めた。この4連休は一気に涼しくなったので持ってきた衣類を全部着込んで再スタート。それでも夜の東京湾は寒かった。連休中の夜間といえどもそれなりに本船の往来がある。真上りなので航路の脇の狭い海面を真ぎっては走りにくいので機帆走で行く。ポート側に船外機が取り付けてあるので、ポートタックでヒールが強くなるとプロペラが海面から出てしまう。ヒールを押さえるようにセイルを逃がしながら行った。

復路回航の東京湾、漸く夜が明けてきて睡魔との戦いを終えた。この風が前日のレース時に吹いていればなぁと思った。

復路回航の東京湾、漸く夜が明けてきて睡魔との戦いを終えた。この風が前日のレース時に吹いていればなぁと思った。

1000(9/22)浦安マリーナに無事帰港。復路回航は三崎港から10時間掛かった。早速2人で安着の祝杯を上げた。結果はともかく、自分にとって新たな艇でチャレンジすることができた。小さなチャレンジかもしれないが、チャレンジこそJORAの目指すことでもあると思う。一緒に戦ったコスキッパーの伊藤隆君、JORAの仲間やスタッフ、北田代表理事、他にも多くの人に多大なる協力を戴いたおかげで今、こうしていることに感謝したい。ありがとうございました。

無事に帰港

無事に帰港

追記

今年は年頭に自艇でパラオレースを走ったこともあり浦安マリーナまでの回航も長距離という思いはなかった。それでも30時間寝ずにセイリングをしているのはちょっと眠かった。おしまい。

JORA会員が貴帆miniで活動している様子はこちら「JORA虎の穴レポート(mini6.5編)

テティス4パラオ脱出記(後編)

こんにちは。2019年末から2020年初にかけて横浜港からパラオ共和国への第1回日本-パラオ親善ヨットレースで見事総合優勝を飾られたテティス4のオーナーでJORA理事の児玉氏からレポートの後編です。なんとかパラオを脱出後、次の難関は日本入国のための手続きでした。コロナウイルスの世界的な感染拡大で予測が立たない中、無事帰国された状況をお楽しみください。

前編はこちら→「テティス4パラオ脱出記(前編)

文:テティス4 児玉萬平氏

航海日誌表紙

航海日誌表紙

一方、日本への帰国も課題が山積、フィリピン、香港に向かう準備を変更して日本国内への入国書類や手続きを大慌てで進めた。併せてコロナによる入国制限や2週間の足止めの有無も話題に上っていて、その確認に追われた。

そうでなくても海外から日本国内に入るときは・・                                                                     

・入国管理局:乗員リスト、資格変更届、入出港届、入港通報

・税関:乗員リスト、資格変更届、入出港届、乗員携行品申告書、船用品申告書

・海上保安庁:乗員リスト、保安情報(1~4)

・検疫署:乗員リスト、出入港届、無線検疫申告書、無線検疫送達書、明告書

・石垣市港湾課:入出港届、岸壁使用願い

など少なくとも24枚の書類を用意しないといけない。

加えて、艇に備えておくものとしては国籍証明、船検証、操縦士免許、パスポートも必要だ。

上記の書類のほとんどは事前にそれぞれの役所にFAXで送っておくことになるが、一番大変なのは無線検疫送達書だ。これは入港予定時刻36時間前にFAXで送達することになるのだが、本船ならともかく、ヨットで時間きっかりに入港しろというのは土台無理な要求だ。そこで衛星携帯電話で陸上の連絡担当者と随時すり合わせ入港予定時刻のアップデートをしていき、まあまあ行けそうだと思ったときに連絡担当者から予め用意してあったFAX原稿を流してもらう。今回はなぜか、申告した入港予定時刻3月11日午前9時に寸分たがわず到着することができた。

航海中のチャートテーブルまわり

航海中のチャートテーブルまわり

石垣港入港と同時に、保安庁、税関合わせて6人程が乗り込んできた。こちらはコロナでどのような扱いを受けるか相当身構えていたが・・入国管理官も検疫官も現れない。一方で乗り組んできた保安庁職員の関心の的は麻薬、艇内くまなくチェックが入る。そうか、ここは中国・台湾からの覚せい剤密輸の拠点なのだと納得。石垣港はまた尖閣列島防衛のための大型巡視船の基地になっている。これだけの巡視船が交代で尖閣の海に出かけているのか、と頭が下がる。

何時まで経っても入国管理官も検疫官も来ないので電話をすると、事務所まで来いとのこと、クルー全員で出かけていって入管でパスポートの照合を受ける。検疫署の方は一枚の書類を用意してあって署名しろという。エボラ出血熱の感染は無いという宣誓書だった。

エボラかよ・・コロナでないんだ、と拍子抜け。

その後のニュースで石垣島には感染症専門のベッドが4床しかない、そのうち県外者が3床を占有し、島民向けには1床しか残っていない、県外者は入島するな!という悲痛な呼びかけが始まったと聞く。あの時はそんな雰囲気では全くなかった。そうでなかったら我々は白い目で見られていたろうと思う。

JORAオフィシャルサポーターの石垣屋さんで打ち上げ

JORAオフィシャルサポーターの石垣屋さんで打ち上げ

その後、「テティス4」は宜野湾で上架、キールの修理を行い、沖縄‐東海レースもキャンセルになったため、沖縄の自粛要請が終わった5月の最終週に宜野湾~小網代の最終行程を航しり、全ての自粛要請が解除された翌日6月1日に小網代に帰って来た。

 

今日現在、ともにレースを戦った僚艇のうち「ラッキーレディ」と「鴎翔」はフィリピンのスービックで留守番クルーとともに足止めを食っている。我々のすぐ後に沖縄に回航すると言っていた「トレッキー」と「アルタイル」は、パラオへの航空便が再開されるまでパラオの泊地のブイにつながれたままになっている。

「テティス4」はかろうじてシャッターが閉まる前にパラオを脱出、無事小網代に帰還を果たしたのだ。

テティス4航海日誌

テティス4航海日誌

テティス4が総合優勝を飾った「日本-パラオ親善ヨットレース参戦記

テティス4パラオ脱出記(前編)

こんにちは。2019年末から2020年初にかけて横浜港からパラオ共和国への第1回日本-パラオ親善ヨットレースで見事総合優勝を飾られたテティス4のオーナーでJORA理事の児玉氏からレポートが届きました。突然のコロナ禍に揺れた国際情勢の中で予定されていたチャイナシーレースも延期になり、予定を大幅に変更しなければならない中、いかにしてパラオから脱出されたのか。白熱の脱出記お楽しみください。

前回のレポートはこちら→「日本-パラオ親善ヨットレース参戦記

文:テティス4 児玉萬平氏

テティス4の回航メンバー

テティス4の回航メンバー

本年1月15日“パラオレース”表彰式が終わって各レース艇の艇長と話し合った。「これから何処に行く?何日に出航する?」

「ラッキーレディ」と「鴎翔(かもめとぶ)」はさらに南下し、ヘレン環礁を経てインドネシアへ向かうため、数日後にはパラオを出航するという。「トレッキー」と「アルタイル」は沖縄‐東海レース参加のため沖縄・宜野湾に向かう予定だが回航要員の手配があって3月半ばに出航予定だという。

「テティス4」はレースメンバー全員が一旦帰国、回航組は改めてパラオに向かうことにし、4月のチャイナシーレースに向け、曲げてしまったブームの交換、サンゴ礁にヒットさせたキールの修理、セールのリペアを香港で行うために2月末には出航したいと考えていた。

1月16日、成田に優勝盾と、航海計器(ほぼ全てが壊れた)を持って降り立ったその時、まさにコロナ騒ぎの幕が上がっていた。刻々と入国禁止国の情報が入ってきた、パラオのお隣のマリアナ、グアムは早々とクローズ、経由地としていたフィリッピンのセブでも死者が出ていた。パラオに行くには日本からの直行便は無く、グアム経由を除くと仁川か上海を経由する、何れもその時コロナ発生が顕著になっていた場所だった。

パラオは不法滞在を防ぐためか帰国の航空券を持っていないと入国させないルールがあり、我々のように航空機で行ってヨットで出国する場合には、大統領が署名する特例扱いの書類を持参する必要がある。ところがこれがコロナの影響なのかなかなか発行してもらえない。入国禁止国の数が増え続け気がせくなか、無駄になっても帰りの航空券を購入しようとする段になって、やっと大統領のサインが入った特例書類が届き、ようやく出発日の2月29日を迎えた。

その間、中国本土の感染拡大を受けてロイヤル香港YCから本年のチャイナシーレースの延期がアナウンスされ、それなら我々も沖縄‐東海レースに切り替えることにして、回航目的地を沖縄とし、石垣・宮古を経由していくことにした。交換ブームの仕向け地の変更、上架整備計画の変更、回航中に寄港する予定だった海外ヨットクラブへのお断りなど、大慌てで連絡を取りまくった。

成田空港ビルはガラガラ、我々以外には数人しかいない。乗り換えは仁川、こちらも全く人がいない。飛行機もガラガラで席を連ねてベッドにする。拍子抜けするくらいだが安心もした。

パラオの空港では乗客全員のおでこに体温センサーを接触(!)させて検温、こちらの方がよほど危険な感じがしたが、空港を出るとマスク姿は誰もいない。至って平穏・・早朝のハーバーに着くと夜勤のガードマンはテーブルの上でおカミさんと一緒に就寝中、いっぺんにパラオモードに切り替わった。

それから出航までの間は、全交換した航海計器の取り付け、セールの応急修理、食料・飲料の買い出しとよくある回航準備風景だったが、いつ出国制限がかかるか冷や冷やしながら3月3日を迎えた。お世話になったハーバーやツアー会社のスタッフに見送られて舫を解いたときは妙にホッとしたことを覚えている。聞けばその後一週間ほどしてパラオ発着の航空便は全便運航停止になったという。(間に合った!)

パラオ~石垣島回航9日間のうち8日間は、これぞトロピカルセーリング・・というべき最高のコンディション。風向もリーチングからクォータリーで、最高でも15㏏止まり、パラオレースの最中は20-30㏏、常にスプレーを浴び続けていたことと比べるとまさに天国。

昼の気温は29℃、ワッチ交代ごとに冷えたパラオ産のビール(ご丁寧に黒、白、ハーフの3種類がある)を空け続け、たまに来るスコールを待って裸になって水浴びをする。それが過ぎれば夕暮れのドリンクタイム。製氷機をフルに働かせて作った氷でグレンフィディックのオンザロック・・・至福の時間!

夜は船尾に南十字星、船首に北極星が同時に掛かっていて、前後の星を見上げながら・・この夜はワイルドターキーだった。

北緯10度の夕暮れ

北緯10度の夕暮れ

スコール来襲!

スコール来襲!

後編に続く

新規ヨット関連団体ご協賛のお知らせ【有限会社コンパスコース】

皆さん、こんにちは。広報担当の堀内です。

この度、JORAのサポーター企業として有限会社コンパスコース様に新たに加わっていただきました。

コンパスコース様は、プロセーラーの西村一広代表によるセーリング・コーチ、セーリングコンサルタント。ヨット、およびボートの輸入、販売や、体験型海洋教育の企画・運営・事業受託を行なっておられるヨット関連企業です。

特に西村代表には、JORA発足当初よりセーリング・コーチ、セーリング・コンサルタントとしてご協力をいただいております。2017年にはLes Sables – Horta – Les Sablesの復路にコスキッパーとして参加され、今年2020年にはモナコで行われたL30のPRIMO CUP遠征ロリアンClass40合宿にセーリングコーチとして帯同いただきました。

ご協賛いただきありがとうございます。

有限会社コンパスコース

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URL:https://compasscourse.jp

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新しいオフィシャルサポーターのお知らせ【株式会社浜田様】

皆さん、こんにちは。広報担当の堀内です。
第3期を迎えるJORAはオフィシャルサポーターとプチサポーターの皆様に支えられて国内外の活動を行っています。

この度2020年7月から新しいオフィシャルサポーターが加わっていただきました。

大阪府で環境ソリューション企業を営んでおられる【株式会社浜田】様です。
株式会社浜田は人と都市と自然の共存をテーマに、あらゆる環境ソリューションに関する答えを持つ企業です。環境に関するあらゆるお問い合わせにご対応されています。

JORAの活動にご理解を賜りご協賛を頂くことになりました。
ご協賛いただきありがとうございます。

株式会社浜田

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