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「はらたけしの……海道をゆく」Vol.4

ヘミングウェイが通い、その作中にも登場した「Cafe IRUÑA」

ヘミングウェイが通い、その作中にも登場した「Cafe IRUÑA」

以前、何かで読んだか誰かから聞いたか忘れたが、B級と呼ばれたり2流と呼ばれる文学作品ほど舞台となった土地の文化や伝統や時代の現実を伝えているものだ、という言葉を聞いてなるほどな、と膝を打った。

その時代、その土地でしかわからない特殊性がそういう呼び名を生む理由なのだろう。あまり好きではない言葉だが”B級グルメ”や”B級映画”にも通じる感覚ではないか…。マニアにはウケるが万人の認めるところでないもの……。逆を言えば、名作と呼ばれる作品は時代や土地の文化に関係なく、所謂”普遍性”があるために、いつ誰がどこで何語で読んでも、なるほど!……私と同じ!……という感覚に落ちるわけである。

  私にも、私が思う…と思っているが実は他の多くの人にとっても…名作があり何年にも渡って何度も読み返す本がある。大抵は表紙などは何処かにいっていしまい、ヨレヨレで赤茶けてしまっているが、何度引っ越しても捨てられない。

  その中の一冊にヘミングウェイの処女長編「日はまた昇る」がある。まだ20代半ばの彼がパリで新聞記者をしながら短編を書き始めていた頃に、実際の体験をもとに書かれた小説である。

その舞台はパリからボルドーを経由してフレンチバスクのバイヨンヌからスペイン国境を抜けてパンプローナの”牛追い祭り”の期間を中心に描かれている。

勿論、誰もが知る名作の内容をここで私の陳腐な言葉で披露する必要はないので止めておくが、私はいつかこの舞台となった地を旅してみたいと願っていた。

そして今回、パリでT.J.V.のオープニングレセプションの後、準備が始まるまでの期間が10日間空いたので、その願いが叶ったのだ!なにしろ舞台はロリアンの南でそんなに遠くないのだから……。

  バスと電車で巡った旅は、美しいバスク地方の自然と美味しいピンチョスと古くて静かな街並みの連続だった。100年前にヘミングウェイが辿ったと思われる場所がほぼそのままの形で残っているというのは、やはり石で出来た街や建造物の懐の深さを感じ、ひとりで嬉々としウットリしほくそ笑んだ…。

フィエスタの時期ではなかったので追体験とまではいかなかったが、その代わりに念願だったリーガエスパニョーラを観戦できたりして(アトレティコ・ビルバオVSアラベスのバスクダービーと乾が出場したエイバルVSセビージャ‼️)、ヘミングウェイが当時感じたスペイン人の”アフィシオン”の欠片を私も感じることができた。このような突発的で無計画な旅が時として出来ることも、私にとっては海外のヨットレースを楽しむ中の大切な要素なのである。

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  9月28日にロリアンに戻って、本格的に準備が始まった。

La Baseの貴帆

La Baseの貴帆

ロリアンという港街は静かな場所である。第2次世界大戦でドイツ軍に占領されて潜水艦の造船所となったドックが今も残るその場所が「La Base」と呼ばれ、ラ・トリニテ・シュメールと並んでフランス外洋ヨット、それもソロやダブルハンドに特化したヨットの聖地となっている。大戦末期にはロリアン奪還のための連合国軍の集中爆撃で街はほぼ壊滅したのだが、ドイツ軍が作ったこの造船所だけは後世の記憶のために残されたという。今では国内外から多くの観光客が訪れる。

お馴染みエリック・タバルリーのモンタージュアート

ドックの大きな壁にはフランス外洋ヨットの新旧2大レジェンド、エリック・タバリーとフランク・カマの肖像画が数え切れないセイラーたちのモンタージュアートで描かれている。また岸壁にはこれまで偉業を成し遂げた外洋レースのレジェンドたちの写真も飾られており、ポンツーンを見渡せば、Mini 6.5 、Figaro 、Class40、IMOCA60、そして巨大なマルチハルにいたるまで、当たり前のように舫われている。そんな、日本人から見れば非日常が日常となっている”La Base” に私の目もだいぶ慣れてきた。

 

  さて……、では我々のチーム「貴帆」のメンバーを少し紹介してみよう。

  まずはスキッパーであり、チームのボスである青森県出身の実業家、言わずと知れた北田浩である。「お前が好きだと、耳元で言った……」あのヒロシではない。5年という短い期間で、フランスの外洋シングルハンドレースの世界に単身飛び込んで道を切り開いてきた、ツワモノのヒロシである。

  その彼と現在のClass 40 「貴帆」が造船中にフランスで知り合い、以来彼と2人3脚で歩んできたスーパーな通訳であり秘書でもあるパトリツィア ・ゾッティはイタリアのアドリア海に面した港街レッチェ出身の女性である。彼女はイタリア語の他に英語、日本語、フランス語、スペイン語を駆使する言語学者でもある。日本の奈良県の大学にも留学、勤務した経験を持つ通訳を通り越したマルチ言語オペレーターである。彼女自身もセイラーであるが、夫リッカルドはイタリアの外洋ヨットのトップレーサーというあまりに出来すぎたスタッフなのだ。

  こちらでは”テクニシャン”と呼ばれるボートの管理責任者であるもう一人のスタッフはフランス人のジュリアン・ ルブラノ ラヴァデラ(Julien Lubrano Lavadera)である。彼は中東アジアの UAEで10歳まで生まれ育った。その後各国を放浪したりタイの造船所で働いたりした経験を持ち、日本の合気道を習い、クロサワ映画を愛し、タイの前国王を尊敬するという物静かな男で、ヒッピーの香りがプンプンする。英語が話せる彼と初対面の時、「俺の本名はタケシというんだが、ケンの方が覚えやすいよね?」と言ったら「いやいや、ムシューキタノと同じだからタケシでいいじゃん」という彼の一言で私の呼び名は本来の名前 ハラ タケシに30年ぶりに戻ったのである……。

  そしてもう一人、現在……日本においては住所不定無職のハラタケシこと私である。そして今、「貴帆」のコ・スキッパー兼人足として歳も外聞も忘れて、大西洋横断レースに頭を支配されている次第である……。

  あと一週間ほどのテストセイリングとレース準備が済めば、スタートの地、ル・アーブルへ「貴帆」を回航する。18日からル・アーブルではレースヴィレッジが開いて10日間に渡って10万人近い人々が訪れるという……。

  季節は秋が進んで、北風は一段寒さのスロットルを上げた。風の密度も増してきている。そして台風並みの低気圧が5日に一度の割合でブルターニュ半島をかすめてゆく……。

 カウントダウンの時計の音が心なしか大きくなってきているようだ……。

貴帆のスキッパーとコ・スキッパー

貴帆のスキッパーとコ・スキッパー

日本人二人フランスからブラジルへ

日本人二人フランスからブラジルへ

2019.10.5.      Appartements à Lorient. 於

TAKESHI  HARA

原健(はら たけし)
この度、Transat Jacques Vabre 2019(フランス〜ブラジル4500マイルをダブルハンド)に北田氏とダブルハンドで参戦することが決まりました。これを機に「はらたけしの…..海道をゆく」と題してコラムを連載しております。ぜひお楽しみ下さい。

はらたけしの……海道をゆく

2019-10-08 | JORA BLOG

シーサバイバル・トレーニングの話

皆さん、こんにちは。

過日9月14日〜16日の3日間、北九州市戸畑地区にあるNippon Survival Training Center(以下NSTC)にて行われたシーサバイバル・トレーニングの様子が届きました。

JORA理事である児玉氏によるレポートをお楽しみください。

文:児玉萬平氏

原健さんのブログ「海道をゆく3」で触れられたワールドセーリング認定のシーサバイバルとメディカルの両トレーニングコースが、9月14日~16日、日本サバイバル・トレーニングセンター(NSTC、北九州市)に20名の参加者を集めて行われました。今回はその背景と様子をお伝えします。

日本サバイバル・トレーニングセンター

日本サバイバル・トレーニングセンター

シーサバイバル・トレーニングとは・・

速やかな救助が期待できない海況や場所で極限状態に陥った艇の対処法や、艇から脱出した後、あるいは落水してしまったクルーが生き残るための手段を訓練するトレーニングで、長距離外洋レース(OSR:外洋特別規定のカテゴリー0,1,2のレース)の安全規定では、一定割合の乗員がシーサバイバルとメディカル(ファーストエイド)のワールドセーリング認定コースの修了資格を有していることが要求されています。

国内の代表的長距離レースである沖縄-東海レース、小笠原レースは何故か(規定が緩い)沿岸レース向けのOSRカテゴリー3で行われ、このトレーニングの義務付けが無いこともあって、正式なワールドセーリング認定コースは開催されてきませんでした。

 そんな中で私のチーム「テティス4」は来年4月スタートのロレックス・チャイナシーレース2020(香港-マニラ565マイル、カテゴリー1)へのチャレンジを決め、その参加資格を得るため同トレーニングコースの受講の方策を検討していました。

 

ロレックス・チャイナシーレース

チャイナシーレースは1962年第1回が開催され、最近ではマキシ艇や大型トリマランなどの参加があり、ロレックスが冠スポンサーである外洋レガッタとしてメジャーなレースになっています。

日本艇は第1回から参加し、第3回の1966年には故渡辺修二氏率いる「ふじ」(渡辺43ft)が参加しましましたが、残念ながら微風の為フィニッシュ寸前にリタイヤしています。

 我々はこの「ふじ(のちミスサンバード)」を譲って貰い、テティスⅡとして外洋レース活動を始めたこともあって、この艇のセールナンバー380を引き継ぎ現在に至っています。そんな縁もあって、渡辺修二氏のご子息で元葉山マリーナ専務であった康夫氏と「セールナンバー380を掲げて親父たちのリベンジ・・・をしよう!」という話になりチャイナシーレース2020への遠征計画となったものです。

 

サバイバル・トレーニングコース開催の道

チャイナシーレースのエントリーに必要なこのトレーニングコースをどうやって受講するか・・今までは海外のコースに入るか、海外からトレーナーを呼ぶか、という選択肢しかありませんでした。

一方で北田さんは、以前から海外レースでの活動を通じて、このトレーニングコースの必要性を痛烈に感じ、国内で継続的に開催する可能性を探っていました。そこで二年前の2017年7月、私がファストネットレースに同乗させていただくため「貴帆」のベース、ロリアンを訪れた際に、ヨーロッパで活動する大多数のレーサーがトレーニングを受講する訓練機関CEPS(Centre d’Étude et de Pratique de la Survie)の責任者ヤン氏を二人で訪問し、日本における同トレーニングコースの実現への協力依頼と継続的な実施開催に必要な条件について相談いたしました。

帰国後、ヤン氏のアドバイスをもとに国内でこのトレーニングを実施できる機関・施設を探そうと、海上保安庁を始め関係各所にヒアリングを行ったのですが、なかなか良い情報が得られない日々が続きました。

そんな中、本年に入ってCEPSのヤン氏から「日本にも我々と同様の訓練ができる機関がある、アクセスしてみたらどうか・・」という連絡が入り、早速、紹介された北九州にある日本サバイバルトレーニングセンター(NSTC:ニッスイマリン工業)を北田さんと訪問、訓練内容を見学させてもらいました。

 その結果、北田さんをして「この施設と訓練の質ならCEPSに全くそん色ない」と言わしめ、このNSTCの施設を使用し同所スタッフに協力してもらうことを前提に、フランスからトレーナーを呼ぶことで、CEPSと同じワールドセーリングの認定コースを開催できると確信しました。

幸い、CEPS側もトレーナー派遣の協力を約束してくれ、9月14日~16日にサバイバルとメディカルの両トレーニングコースを、NSTCの協力のもとJORA主催で実施することになりました。

仏の訓練機関CEPSにまったく遜色のないNSTC

仏の訓練機関CEPSにまったく遜色のないNSTC

プロの船乗りにはSTCW条約が定めたトレーニングコースを受講、資格取得の義務がある

不勉強なことに、フランス側から紹介されて初めてNSTCの存在と実力を知った我々ですが、NSTC9年前からSTCW(船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約)の認証を受けた訓練を実施、基本コースは5日間、海外からの受講生も多いハイレベルなコースです。見学させて頂いたときは大型クルーズ船の女性クルーも受講生として参加し、プールに飛び込んでの実習訓練をしていました。

 

日本パラオ親善ヨットレースもトレーニング修了資格が必要

チャイナシーレース2020に向け自艇のリグ変更、無線設備の追加などの準備をする間に、外洋三崎会長である「トレッキー」新田氏から、本年年末から来春にかけて行われる「日本-パラオ親善ヨットレース」の参加を打診されたので、行きがけの駄賃(の割には遠回り、かつ高額のエントリーフィーですが)のノリで参加を内諾しました。

このレースもカテゴリー1で行われるため、前述のサバイバル・トレーニングの履修が必要とされ、レース実行委員会はオーストラリアからトレーナーを招きサバイバル・トレーニングコースを開催、レース参加予定者に受講を呼びかけました。

一方、JORA主催のサバイバル・トレーニングコースはNSTCと協力しての継続的な国内トレーニングコースを準備評価するという目的を持つものとして企画したものなので、日本-パラオレースの実行委員会が主催するトレーニングコースとは別のものとして、予定通り進めることとしました。

 

ヨットに特化した本格的なファーストエイド

メディカル(ファーストエイド)・トレーニングもレース参加資格として必須のものです。国内レースでは日本赤十字社の救急法救急員資格を取得することで認められてきました。しかしそれはあくまで陸の救急法であって、救急車も来ない、AEDも無くはるか沖合にいるヨット上の救急法としては大きく疑問を感じるものでした。

今回はCEPSで行われている認定メディカルコースのチーフであるフランス人医師の監修を得ながらも、日本の医療事情に合わせたトレーニングの内容とすべく、その講師として、現役外科医であり、自らも前回のメルボルン-大阪ダブルハンドレースに自艇を回航、レースの往復航海を達成したJORA理事の森村氏に担当頂くことになりました。

メディカル(ファーストエイド)・トレーニングを担当した森村氏

メディカル(ファーストエイド)・トレーニングを担当した森村氏

サバイバル・トレーニングの様子

3日間にわたって行われた今回のトレーニングの参加者の顔ぶれは多士済々で、原健氏の他、太平洋横断経験者、沖縄・小笠原レースの常連艇メンバー、ソロ・ダブルハンドレースを目指す若者など20代から70一歩手前(私です)迄、一堂に会した合宿訓練でした。

前半2日間のフランス人トレーナー(Jean-Claude Guenneguez、 Luc Hubertのお二人)の説明やプレゼン資料は当然フランス語でしたが、ほぼ同時通訳に近い速度で、専門用語も難なく翻訳していくJORAスタッフ清水女史の通訳が秀逸、それもそのはず、彼女はロリアンでCEPSのコースを受ける日本人セーラーために幾度となくこのコースをカバーしています。

CEPSのフランス人トレーナーJean-Claude Guenneguez氏、 Luc Hubert氏と通訳の清水女史

CEPSのフランス人トレーナーJean-Claude Guenneguez氏、 Luc Hubert氏と通訳の清水女史

コースには担当するトレーナーの経験や背景によって様々な追加情報が加えられますが、軍の航空救難隊に所属していたトレーナーからはレスキューする側の視点で多くの示唆を貰いました。

1日目のプールでのサバイバル術の実習、ヘリコプターからの吊り上げ、ライフラフト展開時の実際・・など、私の様な高齢者にはちょっときついメニューが揃っていましたが、2日目の消火活動、火工品の発火実習などと併せて、今までのナンチャッテ講習では気づかなかった得難い情報や気付きが数多くありました。

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また2日夕から3日目に行われたメディカル・トレーニングでは、担当する森村氏がCEPSのフランス人医師と講習前日までTV会議ですり合わせを行いながら、周到な準備を持ってコースに臨まれ、医療の基礎知識から艇に備えるべき薬品や道具、その使い方の実習まで、多岐にわたる内容でした。受講生の中には現役医師2名が参加しており、医師の皆さんによる経験談も加え、外洋ヨットに特化した実践的なファーストエイドに初めて触れた思いがしました。

トレーニングコースの今後

フランスではレースの参加資格としてばかりではなく、世界周航を計画するクルージングセーラー、漁船員など、自らの命を守るための基礎知識としてこのトレーニングコースを受講されると聞いています。今回自ら受講してみて、50年以上もヨットに乗っている者としては、あまりの知識と経験の浅さに情けない思いがしました。

資格取得の形ばかりのトレーニングではなく、繰り返しの訓練の中から本当のサバイバル能力が醸成されると感じました。

 なんとか、国内でもこのトレーニングコースが継続実施できるよう、教材の日本語化も含め努力していきたいと思っています。

 

NSTC責任者の言葉

訓練中の会話の中からも多くの啓示がありました。NSTCの実習では着衣での水中訓練もありますが、水中訓練時はほとんどサバイバルスーツを着込み、ライフジャケットも施設備え付けの物を使用、消火訓練も本格的な防火服を着るなど重装備での訓練を行っています、そこで理由を聞くと一言、

「訓練で万が一にも事故を起こしてはいけない。」

事故を絶対起こさない備えとして装備は毎回点検し完璧に保っている、個人持ちの装備は管理しきれない。受講生の健康状態、体力も千差万別だ、受講生のチームごとにダイバー(水中サポートスタッフ)を複数配置し緊急事態に備えている。一旦事故を起したらこの事業は成り立たない。

プロトレーナーの矜持が見えた一言でした。

「訓練で万が一にも事故を起こしてはいけない。」プロトレーナーの矜持が見えた一言

「訓練で万が一にも事故を起こしてはいけない。」プロトレーナーの矜持が見えた一言

トレーニング講師としてフランスから来ていただいたJean-Claude Guenneguez氏と Luc Hubert氏

遠路遥々ありがとうございました。

「はらたけしの……海道をゆく」Vol.3

近年稀に見る猛暑……という言葉が使い古されつつあるけれど、そんな今年の夏もやっとのことで涼しくなり始めた9月の半ば、私は小倉駅にいた。

それはなにも小倉競馬に来たわけでも、角打ちの本場で酒を飲もうという魂胆でもなく、戸畑地区にあるNippon Survival Training Center(以下NSTC)を訪ねたのである。 Transat Jaques Vabre 2019に出場するために私に残された最後のクオリファイとして、World Sailing が認可するサバイバルコースとメディカルコースの受講があったからだ。

ニッスイが所有するNSTCは、これまで主に本船乗組員に対してサバイバルトレーニングと応急処置講習を行ってきた日本でも数少ない施設である。そこで今回行われた認定講習会は、高い安全規定をクリアしなければ出場出来ないような外洋ヨットレースへの参加希望者を対象とした啓蒙と後押しを活動の一環とするJORAとNSTCがコラボレーションし、人命救助を仕事として実際に行っていた講師を外国から招聘して実現したフルスペックの訓練としては日本初の試みである。

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私以外にも年末に予定されている横浜〜パラオレースや来年のチャイナシーレース、そして沖縄東海レースなどに参加を予定している、日本の外洋レース愛好家が20人ほど集まり9月14〜16日の3日間に渡って居眠りも深酒も許されない分刻みのスケジュールの下、講義と実技に明け暮れた濃密な3日間が過ぎていった。

削られはじめた月が左翼に映っていた。そのまま翼の先端のほうに視線を沿っていくと、その先にはオリオン座のベルトが見えた。まだしっかりと夜のパートの真っ只中にいるはずのユーラシア大陸の上空を西へと翔るジェラルミン製の巨大な鳥は朝の光から逃げていたが、いつかは追いつかれる運命だ。遥か下の方には、眠っているはずの街があり、目を凝らすと微かに灯る人間の暮らしが見えた…。

 

漂えど沈まず…

とは私が以前10年ほど耽読していた開高健作品の中で「花終わる闇」の冒頭に出てくる言葉なのだけれど、私は何故かこの言葉にやられてしまった。

言い当てられたような、共感したいような、教訓にしたいような、しなやかな言葉の強さを感じたのである。

これは帆船が描かれたパリ市の紋章の下の部分に書いてある「FLUCTUAT NEC MERGITUR」(「揺れはしても決して沈まない」)というラテン語から巨匠が引用した言葉とされている。幾たびの戦火に遭い、他国に占領されたりしながらも必ず自らの復権を果たし、自由を勝ち取ってきたパリ市民の心意気を表す言葉なのだ。ノートルダム大聖堂の火災の後もパリ市長はこの言葉を使ってツイッターで呼びかけたという。

私は長く海に出るとき、いつもこの言葉を胸に置く。

9月17日の朝早く、シャルルドゴール空港で違う便だった北さんとおち合って、パリ市内を目指した。

市内に入るのは17年ぶりのことだった。エッフェル塔近くのこじんまりとした居心地の良いホテルにチェックインした後、Transat Jaques Vabre 2019 のオープニングセレモニーまでの間、ホテルから遠くないカルチェラタンの辺りを散策した。遠い昔、南仏でのヨットレースの帰りに、開高健の名作「夏の闇」冒頭の舞台となったと思しきリュクサンブール公園からサンジェルマンデュプレ教会周辺にあった安宿に長逗留したことがあったので、その辺りを訪ねてみたかったのだ。期待通り、石の街は変わっていなかった。ましてやここはパリなのだ…。

5時近くになっても夏時間のパリの陽は高かったけれど、ひんやりした風に舞う落葉が秋を演出していた。そして我々が目指したエッフェル塔近くの、その名も「Theatre de la Eiffel」という劇場には続々とそれらしき人間たちが集まってきていた。パリという大都会にはあまりにも似つかわしくないはずなのに、強烈な存在感を放つ人々…。個性と個性がぶつかり合いながらも、おおらかな包容力と自信に満ち溢れていて、互いを認め合う共同体のような雰囲気は、私がこれまで体験したヨットレースのパーティでは味わったことのない世界を醸し出していた。それは、どこか、独自の世界観を海に求めたヒッピーたちが現代に生き残っているかのようだった……。

 

そして 舞台上で紹介されたすべての乗り手たちが等しく、大西洋という舞台で自分たちの書いたシナリオを演じる役者に見えてきた。

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私は今、その中のひとりになろうとしている。今までの経歴などまるで役に立たない、本当の初舞台が待っているかのようだ。その舞台を演じきって初めて、私もこの世界の片隅のひとりとして認めてもらえるかもしれない……。

その夜の舞台が終わった後に振舞われたブラジルのカクテル、カイピリーニャを飲みながら夜空を見上げると、エッフェル塔が建物の間から顔を覗かせていた。パリの舞台装置は完璧だった。
すると再び、あの言葉が蘇った。

「漂えど沈まず……」

2019.9.17 フランス パリ於

TAKESHI HARA

原健(はら たけし)
この度、Transat Jacques Vabre 2019(フランス〜ブラジル4500マイルをダブルハンド)に北田氏とダブルハンドで参戦することが決まりました。これを機に「はらたけしの…..海道をゆく」と題してコラムを連載しております。ぜひお楽しみ下さい。

はらたけしの……海道をゆく

[現地レポート]ツール・ド・ブルターニュ・アラヴォワル2019(Tour de Bretagne à la voile 2019)

皆さん、こんにちは。

Saint-Malo在住のJORAサポーターMiyukiさんから現地レポートが届きました。

昨年JORAでもメディア班として取り上げたルート・デュ・ラム(La Route du Rhum-Destination Guadeloupe)のスタート地であるSaint-Maloではツール・ド・ブルターニュ・アラヴォワル2019(Tour de Bretagne à la voile 2019)のスタートとして盛り上がっています。

このレースはワンデザインのフォイリング艇「フィガロ3(ベネトウ(Beneteau))」で争われており、セーラー、そしてチームの練度を競う非常にコンペティティブなレースでもあります。

それではスタート前の現地レポートをご覧ください。

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「ツール・ド・ブルターニュ・アラヴォワル2019(Tour de Bretagne à la voile 2019)」

レポート:Miyuki

フランス人にとって第3番目の人気避暑地であるフランス北西部のサン・マロ 。夏も終わり、9月にはいり閑散としていたのも束の間、先週末はかなりの観光客で賑わいました。

サン・マロは、2018年11月に貴帆で北田氏が初の日本人として参加し完走したルート・デュ・ラム(La Route du Rhum-Destination Guadeloupe)の出発地点です。

サン・マロの旧市街地(アントラミュロス)の前に停泊するデュオ37艇

サン・マロの旧市街地(アントラミュロス)の前に停泊するデュオ37艇

そのサン・マロに、9月7日ツール・ド・ブルターニュ・アラヴォワル2019(Tour de Bretagne à la voile 2019)に参加しているデュオ(ダブルハンド)37艇が、次々と入ってきました。 サン・マロは、第一中継地点です。 レースは、同日サン・ケ・ポートリユから始まりました。

9月のサン・マロは日中でも15度とかなり涼しいのですが、晴天に恵まれました。

ここに昨年は、貴帆がいました!懐かしいです。

ここに昨年は、貴帆がいました!懐かしいです。

翌日9月8日、15時には次のレース出発地点へ移動開始。出発は、いつもワクワクします。

レースは、 これから3箇所に寄港しながらブルターニュ半島の海を一周して9月14日にゴールであるトリニテ・シュール・メールに到着予定です。

公式HPは こちら からご覧いただけます。

https://tourdebretagnealavoile.com/fr/

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【著者紹介】

モルドバン・ミユキさん

現在Saint-Maloにお住まい。
日本で社内通訳翻訳歴10年(日英)。在仏9年。
現在web作成関連に従事。趣味はパイプオルガン演奏。
JORAメンバーがSaint-Malo方面で活動する際にサポートして頂いています。

「はらたけしの……海道をゆく」Vol.2

7月12日トランスパックのスタート直前、私がT.J.Vの相棒に決まったと北さんからメールが入った。
正直言って私はホッとした。なにせ私は3年前に向島に骨を埋めるつもりで始めた店Cabo de Hornosを畳んだわけだから……。

今年のトランスパックは25ノットを超えるとても強い貿易風に恵まれ、高速のダウンウィンドが続いた。8日間あまりの航海の間私は存分にLady Kanon6の舵を持ってサーフィングを楽しんだ。 そして21日の未明に無事ダイヤモンドヘッド沖のフィニッシュブイを通り抜けた。幾つかのパーティーをやり過ごして身体が陸に適応し始めた頃、本格的にT.J.V.のスタートへの時計が動き出していた。

T.J.V.は1993年に第1回のレースが開催されて以来、2年に1度行われてきたダブルハンドレースの最高峰である。
ソロやダブルハンドによる外洋レースが国民的なスポーツのひとつであるフランスにおいてはセイラーにとって憧れのレースでもある。そんなレースにコ・スキッパーという名前をいただいて、北さんと二人で日本人として初めて参加できることは大変な名誉である。つくづく、私は運のいい男である……。

それにしても、このレースが初めて開催された年は私がTOKIOで参加したWhitbread 世界一周レースのスタートした年であること、そしてフィニッシュする港がブラジルであること、に因縁を感じる。
ブラジルといえばTOKIOが断然の総合トップでスタートした第5レグにおいてディスマストして緊急入港したのがサントスの港で、その後ジュリーリグでヴィトーリアという港に移動してニュージーランドから届けられた新しいマストのセクションを48時間の不眠不休で立ち上げ再スタートした場所だった。
当時、総合タイムのみで争われた世界一周レースではディスマストはイコール敗北を意味した。だから私にとってブラジルとはサッカーをしていた時代は憧れの国であったけれど、26年前には入らざるべくして入った国だった。

今回のT.J.V.のフィニッシュ地点はブラジルの最初の首都であり、サンバが生まれた場所として知っていたサルヴァドールである。私としては、TOKIOで味わった悔しさを払拭して、このレースを出来る限りの充足感と共にこのブラジルの古都に上陸を果たしたいと思っている。

レースはMulti50とImoca60とClass40の3つのカテゴリーに分かれていて、現在、Class40には 28チーム 56名のエントリーが発表されている。

年齢で言えば、私たちは最も高齢で北➕原=111歳であるが、それを111%のパフォーマンスに変えて、少しでも大西洋の猛者たちを驚かせてやりたいものだ。
この大会HPに発表されたメンバーの一人として、気がつけば “オジサン” と呼ばれる年齢の一人として、そして外洋レースに魅せられた日本人の一人として、存分にこのレースを楽しみたい。
https://www.transatjacquesvabre.org/en/skippers/class40

今、私はハワイヨットクラブのバーカウンターでマジックアイランドの向こうに沈んでいく夕陽を眺めながら、ビスケー湾の悪い波や、赤道無風帯ドルジュラムや、南半球の貿易風や、サンバの太鼓の響きを思い浮かべながら心臓の鼓動を感じている。それはまるで、カウントダウンの音であるかのようだった……。

2019.7.28. ハワイヨットクラブ於

TAKESHI HARA

原健(はら たけし)
この度、Transat Jacques Vabre 2019(フランス〜ブラジル4500マイルをダブルハンド)に北田氏とダブルハンドで参戦することが決まりました。これを機に「はらたけしの…..海道をゆく」と題してコラムを連載しております。ぜひお楽しみ下さい。

はらたけしの……海道をゆく

2019-07-25 | JORA BLOG

「シーサバイバル&メディカル・トレーニング➕Plus」ご案内

シーサバイバル&メディカル・トレーニング➕Plus

一般社団法人 日本オーシャンレーサー協会(JORA)主催
ワールドセーリング公認コース

「シーサバイバル&メディカル・トレーニング➕Plus」ご案内

 本講習会はワールドセーリングOSRカテゴリー0,1,2のレースで要求されるトレーニングをわが国で初めてフルスペックで行うものです。今後日本国内で日本人トレーナーによる同トレーニングの継続的な開催を目指したトライヤルコースとしてJORAとワールドセーリングの認定機関C.E.P.S(フランス、ロリアン)の共同企画で実施されます。
 今回はC.E.P.Sのトレーナー2名、JORAの日本人医師1名による講習と、施設はわが国で唯一STCW(プロの船員や作業者を対象とするサバイバルトレーニングの国際基準)の認定を得た日本サバイバル・トレーニングセンター(NSTC:北九州)で行い、同施設の専属トレーナーがアシストします。さらにJORAが3年間のヨーロッパでの活動で得た知見を盛込んだ➕Plus企画として開催されます。


【日程】
 9月14日(土) 10時~19時 サバイバル講習 座学(フランス人講師・通訳有)
   15日(日) 9時~17時 サバイバル講習 実技(同上およびNSTC所属トレーナー)
   16日(祝) 9時~15時 メディカル・トレーニング(日本人医師講師、フランス人講師監修)

【開催場所】
 福岡県北九州市戸畑区銀座2-6-27 ニッスイ戸畑ビル4階
 日本サバイバル・トレーニングセンター
 http://n-s-t-c.com/

【宿泊】
 同所内宿泊施設

【受講費用(初回限定)】
 サバイバル講習  2日間 7万円(宿泊、朝、夕食含む)
 メディカル講習まで3日間 8万円(宿泊、朝、夕食含む)
 いずれもワールドセーリングの認定証発行(5年間有効)
 昼食は別途負担

【最大受講者数】
 20名(10人×2グループ)、フランス人講師2名、日本人医師1名

【問い合わせ先】
 info@jora.or.jp
 お問い合わせはメールでお願いいたします。

上記資料をダウンロードする場合はこちら

資料PDF版
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