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JORA BLOG
2019-03-15 | 活動報告, JORA BLOG

【活動報告】JORA活動報告2018のお知らせ

Activity report in 2018こんにちは。広報堀内です。

2017年3月に創立した一般社団法人日本オーシャンレーサー協会(JORA)の活動も早2年が経過しました。まもなく3年目を迎えます。

この度、第二期の2018年活動報告を作成いたしましたのでご報告いたします。

 

 

弊会は昨年度もフランスを主としたヨーロッパでのオーシャンレースにソロ・ダブルハンドで挑む日本人セーラーを支援・育成する活動を行いました。

このような活動は全て弊会の活動にご理解を賜りました企業様、また個人の皆様からのご協賛により実現しております。改めて御礼申し上げます。

2019年も引き続き、協会設立時に掲げた趣意に向けて邁進して参ります。

今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

活動報告2017年はこちら

2019-02-25 | JORA BLOG

森村理事就任のご報告

こんにちは。JORA広報堀内です。
この度日本オーシャンレーサー協会(以下JORA)は、2018年春メルボルン大阪CUP2018(以下メルサカ)を見事完走した森村圭一朗氏を新たに理事として迎えたことをお知らせいたします。

この構想はまだJORAが発足する以前の2016年に、The Transatを完走した北田氏とメルサカに挑戦することを決めた森村氏が最初に出会った時から始まりました。

森村理事就任のご報告01

メルサカ挑戦を決意したもののそれまで本格的なオーシャンレースの経験のなかった森村氏は、共通の知人を介して北田氏に相談を持ちかけました。

外科医としてバリバリ働きながらも、メルサカに挑戦する為に新艇を購入し、勤務医を辞めてまでレースに挑戦しようとする森村氏の熱い情熱に、自分と同じくネジのぶっ飛んだ大馬鹿野郎(最高の褒め言葉)が日本にいたことに心を動かされた北田氏は、これまで積み重ねたオーシャンレースのノウハウを共有し、サポートすることを約束しました。そして無事に完走した暁には、当時構想中であった自分と同じように日本人セーラーがオーシャンレースに挑戦することを支援するJORAに、森村氏を本格的なオーシャンレースを経験したドクターとして迎え入れ、医師の目線で搭載医薬品の選定や怪我への対処などについてアドバイス出来るような体制を構築したいと考えていました。

しかしながら、オーストラリアから大阪までの5,500マイルを太平洋縦断するのは並大抵の挑戦ではありません。北田氏は森村氏に余計なプレッシャーを与えないように、ゴールするまではこの事は伝えませんでした。ただ「必ず成し遂げて欲しい」という言葉だけを送り、JORAを発足した後も陰ながらサポートを続けつつ、森村氏のレース完走をずっと待っていました。

そして森村氏が見事完走を果たされた後、北田氏は満を持してJORAの理事就任を打診しました。森村氏も以前から日本にセーリング文化を根付かせたいという思いを持ち、世界のオーシャンレースに挑戦するセーラーをサポートしたいというJORAの理念に共感していたことから快諾をいただきました。

JORAは森村ドクターを迎えたことで、更に幅の広い支援が可能な組織となります。

2019-01-24 | JORA BLOG

【2019年度JORA新年会開催のご報告】

みなさん、こんにちは!
JORA事務局がご報告致します。

1月某日、東京都内にてJORA新年会を開催いたしました。
JORA会員の皆様と弊会理事が集まり、2018年弊会の活動にご尽力いただきました皆様をお迎えし昨年1年間の活動をご報告させていただきました。
開催場所が東京になる点を考慮し日本全国にいらっしゃるJORAをご支援くださる皆様にはお声がけできませんでした。
この場を借りて新年会の模様をご報告させて頂きます。

ご参加いただきました皆様による記念撮影

昨年のメルボルン大坂ダブルハンドヨットレースに挑戦し、3月19日にスタート4月29日に完走を果たしたOHYC所属、森村氏の挑戦はJORAでも発信をさせていただきました。
森村氏は2018年より弊会理事に就任いただいており、今回は大阪からのご参加をいただきました。ドクターをされているため大変ご多忙ではございましたが、改めてメルボン大阪ダブルハンドレースをご紹介いただき、今後の展望をお話くださいました。

一足先に大阪へ戻られる森村様氏

北田氏からは今年の活動を振り返り、リタイヤとなったNormandy Channel Race参戦、広報面サポートを行ったLa Route du Rhum-Destination Guadeloupeの2レースについて、また3名のワールドセーリング講習サポートについて報告をさせていただきました。


ヨットという世界で繋がる方々が集まれば話題は尽きず会話は熱く盛り上がります。事務局一同も素敵なひと時を共有させていただきました。ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

今後の活動に向けJORAはまた一層、皆様のご期待にお応えできるよう邁進して参ります。
ご挨拶が遅れましたが、本年もご支援・ご声援のほどよろしくお願い致します!

RDR2018/貴帆から見た日の出

 

2019-01-05 | JORA BLOG, Media

本日発売『Kazi』2月号

明けましておめでとうございます。

いつもJORAブログをご覧いただき、ありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

本日は、JORA広報よりご報告です。
本日「Kazi 2月号」(舵社発行)が発売されました。
その表紙を飾るのは、昨年のLa Route du Rhum-Destination Guadeloupeへ参戦した
北田氏と貴帆のダイナミックな写真となっております!

舵社 kazi 2月号

p20~21に特集が掲載されています。

舵社 kazi 2月号

次号では北田氏のインタビューも掲載予定とのこと。
ぜひご覧ください!

【La Route du Rhum通信-番外編vol.2】

皆さん、こんにちは。
陸上班清水がお伝えいたします。

12月も残りわずかとなり、まさしく師走といった一週間をお過ごしのことと思います。
今回はLa Route du Rhum-番外編Vol.2を皆さんにお伝えいたします!

Route du Rhumのレース中にClass40スキッパーのマーク・デュボス(Marc Dubos)氏が海上から11月23日、同じく大西洋横断中の北田氏に言及したメッセージを公開していました!

オルタ島のピーターズカフェにて

北田氏とほぼ同時期の2016年からClass40のレースに出場しているマーク氏、お二人はヨットという共通点により国籍を超えた友人関係を築いています。
船番号81-Esprit Scoutは今回のRoute du Rhumで28位の成績。マーク氏を含む3名の友人でプロジェクトを立ち上げ艇名でもお分かりのように応急手当の大切さを伝えていく事をテーマに掲げオーシャンレースに参加しています。今回のRoute du Rhumの参加では、若い人たちにLa Route du Rhum-Destination Guadeloupeに参加することで、より遠くに行くことができるという見本を見せたい、同時に古くからの夢を叶えたいという気持ちがあると、友人のジャン=リュック氏は語っていました。(参考:RDR公式サイト

事務局による日本語訳と併せマーク氏のメッセージをご紹介いたします。
ぜひご覧ください!
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11/23 マーク氏からのメッセージが投稿されたFBページ

 
事務局訳:
スタートから18日目。
「気象予報によればスピンネイカーで、あまり駆け引きをしないでグアドロープ方面にいけることになっている:) しかし、島廻前の戦略選択肢はあまりない。唯一マイルを稼ぐ可能性があったので昨日は急いだ。まさしくセドリック(Cédric de Kervenoael)が上手くそうした様にね。(どうやったのかはわからないけど、なんて早さだろう。ブラボー!)
 
みんなが北田浩と順位が近いことを知らせてくれた。順位は大圏航法(サン・マロからポワントピートルまでの最短距離)による目的地までの距離で順位付けされる。この順位システムは西に行けば行くほど距離が近くなる様になる。現在私は南に進めていて、大圏航法での速度は遅い。(Class40ごとにちょっとしたベクトル計算がされるね)
 
私はこの機会に北田浩への大きな尊敬の念を伝えたいと思う。なぜなら彼は自分の夢に生きるために全く知らない世界に飛び出したのだから。日本語しか話さないというのに彼はチームを構成し、桁外れのレースプログラムに向けて船を準備した。(ザ・トランザット2016、レ・サーブル-オルタ-レ・サーブル2017、ラ・ルート・デュ・ラム2018)健康面での問題や私には想像がつかない多くの困難に耐えながら、彼はこの場に参加している。ミスター浩へのリスペクトを!彼のフィニッシュ時に立ち会えることを願っている。 マーク」
 

マーク氏(写真左)は同じくClass40セーラーのアンドレア・ファンティーニ氏(写真右)とグアドループで北田氏を出迎えました!

12月6日のフィニッシュ時にはポワンタピートルのポンツーンで北田氏を迎えてくださったマーク氏!
JORA でも現地にいないと知ることができないマリーナ情報などレースに関する様々な情報を教えていただいて、Class40コミュニティーの暖かさと大切さを実感しています。
マーク氏は次回3月23日にスタートするグアドループからオルタを経由し仏ラ・ロッシェルに向かうLe Défi Atlantiqueフルクルーレースに参加予定です!良い風を祈っています⛵️

原文:
J+18 : Cap au Sud ” Les prévisions météo doivent permettre de mettre le spi et puis direction Guadeloupe sans trop de manoeuvres ;;;;), par contre pas beaucoup d’options stratégiques avant le tour de l’île. J’ai tenté hier d’aller vite car c’était la seule possibilité de grappiller des milles, ce qu’a très bien fait Cédric de Kervenoael (je ne sais pas comment mais quelle vitesse ! Bravo !).

On me dit que 北田浩 Hiroshi Kitada est proche de moi au classement . Le classement se fait par rapport à la distance au but, rapportée sur l’orthodromie (le chemin le plus court de Saint-Malo à Point à Pitre).

Ce système fait que plus on est à l’ouest, plus on est proche de l’arrivée. Actuellement je me dirige au sud et ma vitesse sur l’orthodromie est faible (un petit calcul vectoriel sera fait en classe  )

J’en profite pour exprimer le profond respect que j’ai pour 北田浩 car il s’est lancé dans l’inconnu pour vivre son rêve.

Parlant uniquement japonais, il a constitué une équipe, préparé un bateau pour un programme extrême (the Transat 2016, Les Açores 2017 et la Route du Rhum 2018),subit des revers de santé et probablement des milliers de difficultés que je n’imagine même pas, et il est là après tout ce chemin. Respect Mr Hiroshi, j’espère être présent à ton arrivée;).

Marc”
 
Espris Scout公式FBはこちらからご覧頂けます!

【La Route du Rhum通信-北田氏からのコメント】

皆さん、こんにちは!
JORA事務局がお伝え致します。

12月9日に無事日本に帰国された北田氏より今回のラ・ルート・デュ・ラム挑戦・完走後のメッセージが届きました。北田氏の31日に及ぶ大西洋横断を集約した内容となっていますので、ぜひご覧ください。
Veuillez-vous trouver son message en version français tout en bas de la  page.
Please find his message in English at the bottom of the page.

文:北田 浩
写真:一般社団法人日本オーシャンレー協会(JORA)

先ずは今回のレース期間中にご声援を頂いた方々に心より御礼申し上げます。
トラブル続きで心が折れそうになった時、皆様の声は大きなエネルギーとなりました。

公式記録は   【レースタイム】 31日11時間36分52秒
        【Class40順位】 53艇出場中34位(レース出場123艇中77着) 

今回のレース結果については多少の不本意さが残りますが、何とかタイムリミットに間に合い完走できたことは幸いです。
レース前のトレーニングではそこそこのパフォーマンスを出せていたのですが、自然相手の競技ですから思うようにいかないことも多いですね。
今回のRDRは2度目の単独大西洋横断レースでしたが、最初のザ・トランザット2016(英国Plymouth~米国New York)と比較される質問が良くあります。
大西洋横断と言っても季節やコースが違い単純に比べることは出来ませんが身体的には随分と楽でした。今回はレースというよりも天候や船のトラブルなど想定外のことが多く発生し、修理対応能力や精神力の我慢比べをしているようなものでした。

気象については

予報が現実となった巨大低気圧に、スタート前日のチームミーティングで一時回避を決めていましたが、避泊が一週間にもなるとは考えていませんでしたので、仕事上の都合からも帰国スケジュールを決めていたこともあり、モチベーションはドン底でした。リタイヤを覚悟しましたが三年間一緒にやってきたコーチのジャンの言葉でリスタートを決断しました。

北田:「ジャンはどうしても僕をリスタートさせたいのか?」

ジャン:「RDRで最初の日本人をグアダループに送り届けるのが自分の仕事だ!」

リスタート後も気象予報がアメリカモデル・ヨーロッパモデルとも大きく外れ作戦をたてることが非常に難しかったです。

トラブルについては

細かい問題も数えるとかなりの数になります。三年間の連戦と帆走距離で目に見えない問題が進行していたのだと思います。
一番困ったのはラダー(舵)が壊れてコントロール不能になったことです。
壊れた部品をグラスファイバーで固め乾くまで6時間その前後でほぼ1日、ただ大洋を漂うしか術がありませんでした。
また通信システムの障害は背筋が凍るほどゾッとしました。現在位置や進行方向がわからなくなり、気象情報の取得等も出来なくなり、進む道が見えなくなったのです。
強風の向かい風の中で船が激しく叩かれたため、通信設備のコネクターが二箇所接触不良を起こしたのが原因でしたが、復旧までに一昼夜かかり心身ともに疲幣しました。
そして水力発電機の故障でエンジン燃料による発電のみとなり、たった60リットルの燃料をやりくりすることに難儀しました。
さらに、強風で風向計が無くなり、二つある風向風速センサーのうち1つが壊れ、もし残りのひとつが無くなったらと思うと何とも言えない恐怖感に見舞われました。
その他、向かい風用のセールも強風で全て無くなったり、それらの対処に延べで数日間の遅れをとってしまい、競技というよりサバイバル的な航海となりました。

ラダートラブル

修復後の破損部

いろんな問題に直面して何度も心が折れそうになりましたが、とにかく終点まで辿りつこうと気持ちは決まっていました。
その原動力はいくつかあるのですが、レースをサポートしてくれたメンバーや声援を送って頂いた方々の落胆する姿が思い浮かび力に代わりました。
ラダー損傷の際はリタイヤが現実的になりそうだったのですが、もし付近を航行する船舶に救助を求めれば人命は確保されても艇体は放棄となるので、後々の捜索が必要になったり、ニュースになれば社員や家族に迷惑がかかると思い気力を振り絞りました。

フィニッシュ時の北田氏

今後は自身の活動を続けながら次世代の指導ができれば嬉しいです。
来年はダブルハンド(2人乗り)レースの年なので、私の次に続いてくれる人が手を上げてくれることを期待しています。

Photo by Christophe Favreau

後日レース記を公開して行きますので是非楽しみにしていて下さい。

北田氏公式ホームページはこちら
レース中の発信をご覧いただける貴帆FPはこちら

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Message d’Hiroshi Kitada après sa Route du Rhum-Destination Guadeloupe 2018

Tout d’ abord je souhaite exprimer ma sincère gratitude à tous ceux qui m’ont encouragé pendant la course.
Le soutien recu par tout le monde m’a donné beaucoup d’energie dans les moments les plus difficiles, face aux soucis enchaînés

Le résultat officiel ;
Temps de course: 31 jours 11heures 36 minutes 52 secondes :
Classement : 34ème (Class40)

Je ne peux pas être satisfait du résultat de la course, mais je suis heureux d’avoir réussi à terminer dans le temps. Pendant les entraînements avant la course j’ai reussì à faire des bonnes performances, pourtant … c’est un sport dans lequel on joue avec la nature: on rencontre toujours des éléments qui ne peuvent pas être gérés dans leur totalité.
Avec la RDR j’ai traversé l’Atlantique en solo pour la deuxième fois. On me demande souvent de comparer cette course avec ma première The Transat en 2016 (de Plymouth en Angleterre à New York aux États-Unis), mais la route et la saison ne sont pas pareilles. Je ne peux pas les comparer tout simplement, mais je me sent de dire que la Route du Rhum Destination Guadeloupe est une course qui s’adapte à mon physique plus que la première.

La météo;

La veille du départ, compte tenu de l’arrivé d’une grosse depression, j’avais decide avec mon equipe de m’arreter à Lorient si les prévisions l’avaient confirmée, mais à ce moment là je ne m’attendais pas d’y rester une semaine. La date de mon retour au Japon etant déjà décidée et mes engagements de travail déjà étendus à plusieurs reprises, j’avoue que j’étais très démotivé. Bien que j’étais prêt à abandonner, les paroles de mon coach Jean-Christophe Caso, qui me suive depuis trois ans, m’ont poussé à repartir.

«JC, pourquoi tu veux que je reparts?»

«Parce-que mon job est d’envoyer le premier japonais à la Guadeloupe lors de la RDR!»

Apres le deuxieme depart c’était très difficile de formuler une strategie avec des données meteorologique très discordantes et pas forcément fiables …

Problèmes techniques;

Je pense que de nombreux problèmes mineurs, pas nécessairement évidents, se sont developpés et accumulés au fur et à mesure au cours de trois années de courses et de distances parcourues.

Le problem plus important a était celui du systeme de barre. Il m’a fallut attendre 6 heures pour que la reparation en fibre de verre soit bien seche. Compte tenu de l’avant et de l’après, je peux dire que je suis resté à la mer des vagues pendant une journée entière.

La defaillance du système de communication m’a bien inquiété aussi, car j’avais perdu toutes les information sur ma position, ma direction et la route à suivre. Je ne pouvais même pas avoir la meteo. En fait, un des connecteurs s’etait deconnecté lors que le bateau s’est tappé très fort pendant la tempête, mais j’ai mis pas mal de temps à comprendre.

À suivre, la défaillance de l’hydrogénérateur m’a obligé à charger presque toujours avec le moteur, une tâche ardue à effectuer lorsque je n’avez que 60 litres de diesel.

En outre, j’ai perdu un des deux aériens; j’ai du lutter contre la peur de perdre le deuxième aussi.

Pour finir, j’ai perdu toutes les voiles d’avant. Il m’a fallu du temps pour régler ca, je me sent donc de dire que c’était de la survie plutôt que de la competition.

Confronté à de nombreux problèmes, j’ai craignais le pire à plusieurs reprises, mais malgré tout mon objective est resté solide : j’étais déterminé à aller jusqu’au bout
Il y avait beaucoup de raisons pour continuer la course.Surtout, je ne voulais pas trahir les attentes de tous ceux qui m’ont encouragé. J’ai cru vraiment devoir abandonner lorsque le système de barre a cassé, mais j’aurais inquiété ma famille et à mes employés: tout simplement je ne pouvais pas abandonner.。

Pour la suite, je souhaite continuer mon activité puis, paralèlement, transfèrer mes experiences à la prochaine génération de marins. L’année prochaine est l’année des course en double: j’ai hâte de voir des mains levés de jeunes marins.

Je préparè mon cahier de bord à vous partager prochainement 🙂
A très bientôt

Kiho-Hiroshi

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Message of Hiroshi Kitada after his Route du Rhum-Destination Guadeloupe 2018

First of all, I would like to thank you all from the bottom of my heart for your huge support and for cheering for me during the race. It encouraged me when I was almost at breaking point.

 [The official record]

Time : 31d11h36m52s
Result : 34th / 53 boats in Class 40 (77th / 123 boats in total)

 I’m a bit disappointed with the result however, I feel good to have been able to finish before the time limit.  I had a certain confidence that I was in good condition and that through training, I was prepared for the race. But it was much harder than I had ever thought – facing the weather and the swell. However that’s Yacht Racing.

 This RDR race was my second transatlantic solo and many people ask me about the difference between it and The Transat Bakerly 2016 (from Plymouth, England to New York City) 
I must say that is difficult to compare, simply because the season and the course are different but I could say that this race was more comfortable as far as my fitness was concerned.This time there were so many unexpected things such as the weather and failure of sailing gear, so I felt like I was tested in the areas of my ability to make repairs and of my patience.

The Weather

The huge cyclone that was forecast made us decide to escape temporarily following the start. It was really tough to keep my motivation for that week. I had to go back to Japan for my business, so wasting that time like that frustrated me.
When I made up my mind to retire from the race, Jean Christophe, my sailing coach, pushed for me to restart. “Do you really want me to restart the race?” I said, “My mission,” he replied, “is to get the first Japanese sailor in RDR history to the Guadeloupe !” 
So I restarted but it was very difficult to choose tactics since US model and EURO model of weather forecast
didn’t be relied on.

Trouble

There were so many issues on the boat including small ones that I didn’t care about so much. I think they were gradually getting worse during the tough races over the past three years.
The worst trouble was that the port-side rudder broken. I couldn’t control the boat and so just drifted. It was a big problem which thankfully I finally repaired.
There was also the failure of the communication system which made my blood run cold. I couldn’t find the correct course without direction and the weather tools. So much punching in heavy upwind condition had taken two connectors apart. It took nearly a whole day without sleep to fix them by which time I was totally exhausted. Then – the water hydro generator broke which meant that I had to manage the battery by charging from the engine with only 60 liters fuel on board.
Add to these the fact that the windex was in inoperable in the early days, taken out by the strong wind. It meant that I lost one of the two wind direction and speed systems. I felt so uncomfortable loosing that spare. It has been a few days loss by all troubles including upwind sails has broken. This race I feel was one of survival rather than competition. To face the several problems almost broke me but I made up my mind to reach the goal. The power to raise me up was the thought of my supporters. I didn’t want to disappoint them. When the rudder broke, the idea of retiring certainly ran through my mind. However if I called to be picked up, I could be safe, however I would lose my boat. This bad news would disappoint so many people especially my family. So I took this bad idea and put it to the back of my mind.

 For the future with my sailing experience, I would like to lead the next generation of Japanese skippers. The Class 40 Competition will have several double-handed races in Europe next year so I hope for someone to follow me and raise their hands to get together to get involved.

Kiho-Hiroshi
A special thanks to Ian MacWilliams for this translation:)

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